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横浜地方裁判所 平成9年(ワ)355号 判決 1999年6月24日

原告

株式会社ワークシステムサービス

右代表者代表取締役

中和田英勝

右訴訟代理人弁護士

青木秀茂

清水三七雄

外八名

被告

大倉喜八郎

(以下「被告大倉」という。)

右訴訟代理人弁護士

渡辺智子

被告

清水郁雄

(以下「被告清水」という。)

右訴訟代理人弁護士

渡辺穣

主文

一  被告らは、原告に対し、各自、金四六六六万円及びこれに対する平成九年二月二〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告らの負担とする。

三  この判決は仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  請求

主文同旨

第二  事案の概要

一  事案の要旨

本件は、平戸建設株式会社(以下「平戸建設」という。)が合資会社水明(以下「水明」という。)からビルの建設工事を請け負い、原告が右建設工事の内装工事等を平戸建設から下請として受注し、右下請工事を完成して引き渡したが、その後、平戸建設が破産し、右下請工事の代金支払のために同社から交付を受けていた約束手形九通(額面合計四六六六万円)が決済不能となり、右手形金額相当の損害を被ったことについて、右損害は、平戸建設が粉飾決算を行い、その結果、原告が、右会社の財務状況を誤信して下請工事を受注したために生じたものであると主張して、平戸建設の取締役であった被告らに対して、第一次的に商法二六六条ノ三第一項、第二項、第二次的に民法七〇九条に基づき、右手形金相当額の損害賠償の請求をした事案である。

二  前提事実

以下の各事実については、証拠等を末尾に掲記した事実は当該証拠等によりこれを認め、その余の事実は当事者間に争いがない。

1  原告は、土木建設工事の請負、設計、施工、測量及び監理業務等を目的とする会社である(弁論の全趣旨)。

2  平戸建設の業務の概要及び役員は、次のとおりである(甲一、二、被告大倉本人)。

(一) 業務の概要

平戸建設の主な営業種目は、総合建設請負であり、神奈川県知事による特定建設業許可を受けている。代表者を除く平成八年一月一〇日現在の従業員は一一名である。

(二) 役員

代表取締役 平戸健市

常務取締役 被告大倉

取締役工事部長 平戸誠作

取締役総務部長 被告清水

監査役 大内一男

被告大倉は、平戸健市の義理の従兄弟、平戸誠作は、平戸健市の子である。

3  平戸建設は、平成五年四月ころ(第六八期決算期・平成四年五月一日から平成五年四月三〇日まで)及び平成六年四月ころ(第六九期決算期・平成五年五月一日から平成六年四月三〇日まで)、各決算書類の作成に当たり、次のとおり、粉飾決算を行った(以下「本件粉飾決算」という。甲一、二、四、丙七、八)。

(一) 第六八期決算において、真実の売上高は七億二〇〇〇万円であったにもかかわらず、これを八億五〇〇〇万円に水増しし、これにより、同決算期の損益は真実は八四〇〇万円の赤字であったにもかかわらず、四六〇〇万円の黒字であるかのように偽装した。

(二) 第六九期決算において、真実の売上高は四億三〇〇〇万円であったにもかかわらず、これを八億七六〇〇万円に水増しし、これにより、同決算期の損益は真実は三億九六〇〇万円の大幅な赤字であったにもかかわらず、五〇〇〇万円の黒字であるかのように偽装した。

4(一)  平成六年六月、平戸建設は、水明から「綱島水明ビル新築工事」を受注した。右工事の請負代金総額は、約九億円(本工事分は消費税込みで八億三九四五万円)、引渡日は、平成七年九月四日であり、右工事の完成後、水明は、右工事の請負代金全額を平戸建設に支払った(甲二)。

(二)  平成七年四月ころ、原告は、平戸建設から右「綱島水明ビル新築工事」のうち、内装工事(木工工事、金属工事、木製家具工事、内装工事、雑工事)を九八〇〇万円で、追加工事(塗装工事等)を三五〇万円で下請受注した(右下請工事を、以下「本件工事」という。)。本件工事は、同年九月ころまでに全て完了した(丙一一、一二、弁論の全趣旨)。

(三)  本件工事における、平戸建設から原告に対する請負代金の支払状況は、次のとおりである(甲三)。

① 平成七年五月五日締切分

小切手 一二三万一〇〇〇円

約束手形 一八五万円(支払期日平成七年一〇月一〇日)

② 平成七年六月五日締切分

小切手 六一三万五〇〇〇円

約束手形 九二七万円(支払期日平成七年一一月一〇日)

③ 平成七年七月五日締切分

小切手 一〇八九万四〇〇〇円

約束手形 一〇〇〇万円(支払期日平成七年一二月一〇日)

約束手形 一〇〇〇万円(支払期日平成七年一二月一〇日この手形は書き換えられた。)

約束手形 一九七万円(支払期日平成七年一二月一〇日)

④ 平成七年八月五日締切分

小切手 一一九一万五〇〇〇円

約束手形目録1記載の約束手形

一〇〇〇万円(支払期日 平成八年一月一〇日)

同目録2記載の約束手形

一〇〇〇万円(支払期日 平成八年一月一〇日)

同目録3記載の約束手形

四〇三万円(支払期日 平成八年一月一〇日)

⑤ 平成七年九月五日締切分

小切手 三九一万〇五〇〇円

同目録4記載の約束手形

七九〇万円(支払期日 平成八年二月一〇日)

⑥ 平成七年一〇月五日締切分

小切手 一七〇万五〇〇〇円

同目録5記載の約束手形

四三万円(支払期日 平成八年三月一〇日)

同目録6記載の約束手形

三〇〇万円(支払期日 平成八年三月一〇日)

⑦ 平成七年一一月五日締切分

小切手 一四万一六〇〇円

同目録7記載の約束手形

三〇万円(支払期日 平成八年四月一〇日)

⑧ ③の額面一〇〇〇万円の手形の書換分

同目録8記載の約束手形

五〇〇万円(支払期日 平成八年五月二日)

同目録9記載の約束手形

六〇〇万円(支払期日 平成八年五月二日)

5  平戸建設は、平成八年一月一〇日決済分の約束手形について不渡事故を起こし、同月一七日の自己破産申立てにより、同年二月二日に破産宣告(横浜地方裁判所平成八年(フ)第四二号)を受けた。

6  平戸建設の右破産のため、別紙約束手形目録1ないし6記載の約束手形は、不渡りとなり、また、同目録7ないし9記載の約束手形は、未呈示で終わり、その結果、右約束手形九通の額面額合計四六六六万円が回収不能となった(甲三)。

三  争点

1  本件粉飾決算と原告の損害との間の相当因果関係

2  被告大倉の任務解怠の有無(商法二六六条ノ三第一項)

3  被告清水の無過失(同条第二項ただし書)

第三  争点に対する当事者の主張

一  本件粉飾決算と原告の損害との間の相当因果関係(争点1)

(原告の主張)

1 本件粉飾決算の目的が、取引先に対する誤信を惹起し、本来であれば控えたであろう取引を行わせることにある以上、本件における原告の損害は、通常の因果関係の流れで発生したものであるということができる。

すなわち、本件粉飾決算がなければ、平戸建設が平成八年一月ころまで自転車操業を続けることはできず、より早い時期に倒産に追い込まれていたであろうことは確実である。けだし、本件粉飾決算を行った事実が、実際には、平戸建設の破産まで金融機関等に露見しなかったが、そのような場合でさえ、平成八年一月までしか、平戸建設は、金融機関等からの支援を得られなかった以上、仮に本件粉飾決算を行わずに、巨額の赤字が明らかとなっていた場合には、当然、金融機関等からの支援は、より早い時期に打ち切られていたはずだからである。そして、三億九六〇〇万円もの巨額の赤字の存在が明らかとなるのが、平成六年七月ころであることから考えれば、右時期から遠くない時点において、金融機関等からの支援が打ち切られていたはずである。

そうであるならば、原告が、平成七年四月に自転車操業の状態にあった平戸建設と取引を開始し、請負代金の回収不能という損害を被ることもなかったのである。

2 原告が平戸建設と取引を行ったのは、本件工事が初めてであるが、このような場合、通常、受注者側である原告は、自らの取引先金融機関に対して、事前に発注者側である平戸建設の信用状態を確認する手続を取る。これは、原告が平戸建設から請負代金の支払のために交付を受ける同社振出しの約束手形が割引可能か否かを自己の取引先金融機関に確認する必要があるからである。

実際、平成七年春ころ、原告は、自己の取引銀行である第一勧業銀行昭和通支店に平戸建設の信用状態を確認してもらった。その際、右銀行が帝国データバンクの資料を取り寄せて、平戸建設の信用状態を確認し、その結果、原告は、平戸建設と取引をしても特に問題がないという判定を得たので、本件工事を受注したのである。

平戸建設のような建設業者の場合、毎年の決算書等の計算書類を担当官署に届け出て、誰もがそれを閲覧できる状態になっており、帝国データバンクの資料には、本件粉飾決算に基づく数字がそのまま記載されている。したがって、仮に本件粉飾決算がなければ、年間売上高に匹敵する巨額の赤字が帝国データバンクの資料にも記載されていたことになり、原告はもちろん、原告の取引銀行である第一勧業銀行昭和通支店も、平戸建設との取引は控えるべきであるとの判断を下していた可能性が高い。

このように、本件粉飾決算がなければ、平成七年四月、原告が、当時自転車操業状態であった平戸建設から本件工事を受注して、請負代金の回収不能という損害を被ることはなかったのであり、この点においても、本件粉飾決算と原告の損害との間には、相当因果関係があるといえる。

(被告大倉の主張)

1 原告は、帝国データバンクの信用調査をもとに本件工事を受注したかのように主張するが、そのような事実はない。原告は、本件粉飾決算の施された計算書類の記載を前提に、平戸建設との取引を開始したものではない。

2 被告大倉の行為と原告の損害との間には、原告と平戸建設との契約という、被告大倉にとっては、他人の行為が因果の流れとして入っており、平成七年四月ころにおいて、平戸建設が将来請負代金を支払うことができないことが確定的であったとはいえないから、この契約締結行為自体は、何ら違法なものではなく、損害賠償責任を発生させる性質のものではない。したがって、仮に被告大倉に重大な過失があったとしても、これと原告の損害との間には、相当因果関係がない。

3 また、本件粉飾決算がなかったとしても、そのことから平戸建設が倒産したとはいえないのであって、その意味でも、本件粉飾決算と原告の損害との間には、相当因果関係がない。

(被告清水の主張)

1 平戸建設の倒産の直接の原因は、同社が受注予定であった工事の実質的な延期によるものであり、したがって、本件粉飾決算と平戸建設の倒産との間には相当因果関係はない。

(一) 原告は、本件粉飾決算がなければ、平戸建設は、平成七年四月ころには、銀行からの借入れができずに倒産していたであろうと主張する。

確かに、本件粉飾決算をしなければ、平戸建設に対して、以前と同様の銀行からの融資がなされたとはいえないかも知れないが、横浜銀行は、六〇年以上、横浜信用金庫は、約四〇年、城南信用金庫は、約二〇年の間、平戸建設と取引関係にあったのであるから、平戸建設に赤字が出たからといって、同社に対する貸付金の借替えを全く認めずに、直ちに同社を倒産に追いやったとは考えられない。

したがって、平戸建設は、本件粉飾決算がなければ、銀行からの支援を得られず、その時点で経営に行き詰まって倒産するというような事態ではなかった。

(二) 平戸建設では、平成七年度中に「(仮称)特別養護老人ホーム弥生ホーム新築工事」(受注予定額二億五六〇〇万円)及び「有明製菓横浜工場見学通路増築及びその他工事」(受注予定額六四三七万五〇〇〇円)を、受注する予定であった。また、その他にも、受注決定、施工中及び見積書提出中(三億二一四一万二〇〇〇円)の工事、そして、東洋電機製造株式会社関係についての受注決定、施工中及び見積書提出中(三七〇三万七〇〇〇円)の工事があった。

しかし、平戸建設は、右「(仮称)特別養護老人ホーム弥生ホーム新築工事」及び「有明製菓横浜工場見学通路増築及びその他工事」を受注できなかったため、平成八年一月一〇日に不渡手形を出したのであり、これが、平戸建設の倒産の原因である。

2 また、平戸建設の従来の発注経緯からすると、取引関係のなかった業者に約一億円もの工事を発注することは、異例の事態である。そして、本件工事の発注に当たっては、綱島水明ビル新築工事の現場監督人である佐藤伸(以下「佐藤」という。)が起案すべき外注伝票を平戸誠作が起案しているが、このようなことも、平戸建設としては異例のことである。このような事実に鑑みると、原告は、本件工事の受注に当たって、佐藤及び平戸誠作に強力に営業を行ったものと考えられ、原告主張のように、極めて慎重に平戸建設の信用状態を調査して本件工事を受注したものではない。したがって、本件粉飾決算と原告の損害との間には相当因果関係はない。

二  被告大倉の任務解怠(争点2)

(原告の主張)

1 被告大倉は、直接、本件粉飾決算に関わった者ではない。

しかし、株式会社の取締役は、少なくとも、毎決算期に当該期の計算書類の点検を行い、これを承諾する義務を負っている。まして、被告大倉は、平戸健市の義理の従兄弟であり、平戸建設において同人に次ぐ常務取締役の地位にあったのであるから、他の取締役による違法行為を防止すべき監視義務を負っていた。

2 しかるに、被告大倉は、自己の担当する得意先への営業活動のみに関心を払い、平戸建設の決算、経理等については、ほとんど関心がなかった。被告大倉は、平戸健市に計算書類を見せて欲しい旨述べたが、これをうやむやにされたのでそのまま放置したと主張するが、このような行為は、平戸建設の取締役として重大な任務解怠であり、平戸健市及び被告清水の違法な本件粉飾決算を防止する監視義務を怠ったことは明らかである。

(被告大倉の主張)

1 商法二六六条ノ三第二項の責任の主体は、計算書類の作成を担当する者であり、計算書類作成の担当者ではなく、現実にも右業務に携わったことのない被告大倉には、同項の責任は発生しない。

2 被告大倉は、昭和二六年平戸建設に入社し、昭和四六年取締役業務部長となり、昭和五二年三月常務取締役となったが、同被告の担当業務は、入社当初から一貫して営業であり、その後においても、右担当業務に変更はなかった。また、営業担当とはいえ、取引先との縁が、例えば平戸健市によるものであるときは、被告大倉は、右取引先についての営業活動に全く関与しなかった。

そして、平戸建設の経営は、平戸健市の判断によってなされていたのであり、被告大倉が、同社の経営に関与することはなかった。

このように、被告大倉の取締役という役職は、名目的なものであり、給与面においても、退職時の給与は、月額手取約四六万円、七月と一二月の賞与は、各五〇万円であった。

3 平戸健市が、平戸建設の代表取締役になって以来、それ以前には行われていた株主に対する決算報告と株主総会が全く開かれなくなり、そのため、株主及び役員は、計算書類を見ることができなくなった。被告大倉は、二、三度、株主総会の開催及び計算書類の開示を平戸健市に求めたが、その度にうやむやにされてしまい、結局実行されなかった。また、計算書類は、平戸建設の金庫に保管されており、被告大倉が、平戸健市の了解なくして、それを見ることはできなかった。

4 以上のとおり、被告大倉は、本件粉飾決算に全く関わっていないし、本件粉飾決算が行われていたことも知らなかった。

三  被告清水の無過失(争点3)

(被告清水の主張)

1 平戸建設における取締役の構成は、平戸健市が代表取締役、同人の義理の従兄弟である被告大倉が常務取締役、平戸健市の子である平戸誠作が取締役工事部長であり、平戸建設は、いわゆる同族会社である。取締役で平戸健市と親族関係がないのは、被告清水だけであり、被告清水は、平戸建設の業務に関して随時、意見を述べたが、最終的な意思決定については、平戸一族の意思が優先した。

2 平戸建設が破産宣告を受けるまでの間、被告清水は、同社の使用人兼取締役であり、同社から使用人部分の給与の支払を受けていただけで、取締役就任当初から、役員報酬は一切受けていない。すなわち、被告清水は、取締役という肩書はあるものの、実質的には、平戸建設の使用人にすぎず、平戸健市の選択に従わざるを得なかった。

3 本件粉飾決算を行うについても、被告清水は、代表取締役である平戸健市の指示に従ったにすぎず、同人の命令に反して本件粉飾決算をしないよう具申することはできなかった。

(原告の主張)

1 本件粉飾決算に直接関わったのは、平戸健市と被告清水である。

被告清水は、本件粉飾決算を行うについて、平戸健市の指示に従わざるを得なかった旨主張するが、たとえ同人の命令であったとしても、それが違法行為であるならば、これを拒否するのが本筋である。

2 また、被告清水は、本件粉飾決算がなされた当時、既に定年退職の年齢を過ぎており、平戸健市から後任の人物がいないことを理由に、特に請われて平戸建設に残っていたにすぎない。したがって、被告清水が、平戸健市の違法な指示に唯々諾々と従わなければならない理由はない。

第四  争点に対する判断

一  前提事実と証拠(甲一ないし三、乙一の一部、丙一ないし一〇、一八ないし二〇の各一部、証人平戸健市、原告代表者本人、被告清水本人、被告大倉本人の一部)及び弁論の全趣旨によれば、右の事実が認められ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

1  平戸建設が破産するに至った経緯

(一) 平戸建設は、明治二〇年の創業以来、約一一〇年にわたって建設業を営み、業界においても高い信用を得てきたが、昭和五七年、売上の約六割を占めていた主要取引先であった日本硝子株式会社が更正会社となったことにより、重大な転機を迎えた。すなわち、平戸建設は、日本硝子株式会社の倒産により、約一億三〇〇〇万円の実損害を被り、それ以降、経営を借入金に頼る不安定な経営体質に陥った外、大口の取引先を失ったことにより新たに顧客を開拓する必要に迫られるに至った。そして、平成三年以降のいわゆるバプル経済の崩壊による売上高の減少が同社の経営を圧迫した。すなわち、平戸建設の売上高は、平成四年四月決算期(第六七期)には、約一〇億三〇〇〇万円であったが、平成五年四月決算期(第六八期)には、約七億二〇〇〇万円に、平成六年四月決算期(第六九期)には、約四億五〇〇〇万円にそれぞれ減少した。平戸建設は、銀行の手形の書換えや平戸健市の個人資産の提供により、窮境をしのいでいたが、第六八期以降、金融機関から新規融資を受けることはできない状態であった。

このような状況の中で、平戸健市及び経理を担当していた被告清水は、相談のうえ、特定建設業許可の取得及び銀行からの借入れや工事の受発注を容易にする目的で、本件粉飾決算を行った。

第六九期の決算においては、平成六年四月ころ、平戸健市が、取締役全員を招集し、売上高が大幅に減少したことから、各取締役に対し、売上として計上可能なものを拾い出すよう指示し、これにより売上高を倍以上水増しした。

(二) 平戸建設は、平成六年六月には、新規工事による入金をそれ以前の工事の経費の支払に充当するといういわゆる自転車操業の状態に陥っていた。すなわち、同社は、水明から賃貸兼分譲用マンションの建設(綱島水明ビル新築工事)を代金約九億円(本工事分は、消費税込みで八億三九四五万円)で受注したが、同マンション工事の契約金として受領した二億円は、借入金の返済と従前の外注費の支払のために振り出した手形の決済及び平戸建設の一般管理費に費消され、同マンション工事に携わった下請業者に対する支払に充てることができなかった。

平戸建設は、右二億円に相当する支払のため、一二〇日サイトの手形を数回に分けて振り出したが、それは、平成六年九月以降の工事の受注及び金融機関からの借入金を期待してのことであった。しかし、平戸建設は、大型工事の受注ができず、かつ、金融機関からも融資を拒否されたため、平成八年一月一〇日、第一回の手形不渡りを出し、同月一七日、横浜地方裁判所に破産宣告の申立てを行い、同年二月二日、破産宣告を受けた。

2  原告が本件工事を受注するに至った経緯

(一) 平戸建設は、平成六年六月、水明から綱島水明ビル新築工事を受注した。平戸建設は、原告の取引先の一つである木村ドラフティングに対し、右工事の施工図の作成を下請させていたところ、同社から原告を紹介されたことから、原告に対し、本件工事を発注した。

(二) 原告は、それまで平戸建設と取引関係がなかったことから、受注するかどうかを決定するに当たり、平成七年三月ないし四月ころ、自己の取引先銀行である第一勧業銀行昭和通支店に対し、平戸建設の信用状態の調査を依頼した。第一勧業銀行昭和通支店は、本件粉飾決算に係る第六八期及び第六九期の計算書類に依拠した帝国データバンク作成の調査報告書等に基づき、原告に対し、「平戸建設は横浜でも老舗の建設会社で、帝国データバンクの調査結果でも黒字決算が続いており、売上も順調に推移しているようであるから、取引に当たって特に問題はない。」旨を回答した。

3  本件粉飾決算と被告らの関わり

本件粉飾決算がなされた平成五、六年当時の平戸建設の役員構成等は、前記第二、二、2のとおりであり、同社の株式は、代表取締役の平戸健市が86.7パーセントを保有し、同人の親族の持株数は九〇パーセントを超えていた。ちなみに、被告大倉の持株数は1.48パーセントであり(三番目の株主に当たる)、平戸誠作のそれは1.25パーセント、被告清水のそれは0.42パーセントであった。

平戸建設の経営判断は、平戸健市が被告清水を片腕として独断専行し、平成五、六年当時は、株主総会や取締役会は開催されなかった。

被告大倉は、常務取締役として平戸健市に次ぐ地位にあったが、専ら営業活動に従事し、平戸建設の経営に口を挟むことはなかった。同被告は、第六九期の決算書類の作成に関しては、前記第四、一、1(一)認定の限度で関与したが、決算書類の作成には直接携わっていない。

被告清水は、昭和六二年に定年に達したが、適当な後任者がいなかったため、平戸健市に請われてそのまま残留し、取締役総務部長として平戸健市を支え、同人の指揮の下、平戸建設の事務全般を掌理した。

同被告は、平戸健市の指示の下、第六八期及び第六九期の決算書類を作成した。

被告清水が右決算書類の作成に異議を述べることが困難であった事情はないし、同被告がこれを阻止しようと務めた形跡もない。

二  右事実の下で判断する。

1  争点1について

右事実によれば、ことに、原告は、本件工事の受注が平戸建設との初めての取引であり、右受注に当たり、取引先金融機関を通じて同社の信用調査を行ったこと、取引先金融機関は、本件粉飾決算に係る決算書類に依拠した調査報告書等に基づき、平戸建設の信用状態に問題がない旨を回答し、原告はこれを信用して本件工事を受注したこと、仮に本件粉飾決算がなされなかったとすれば、第六八期、第六九期と二期連続して、大幅に売上高が減少し(第六七期約一〇億三〇〇〇万円、第六八期約七億二〇〇〇万円、第六九期約四億五〇〇〇万円)、かつ、赤字決算であった(第六八期は△八四〇〇万円、第六九期は△三億九六〇〇万円)ことが露顕し、信用調査の回答が異なったものとなった可能性は、右回答の内容に照らし極めて高いこと、本件粉飾決算の目的は、特定建設業許可の取得とともに、銀行からの借入れ及び工事の受発注を可能にすることにあったこと及び平戸建設は、平成六年六月ころからいわゆる自転車操業の状態となり、金融機関が借替えを拒否すればいつ倒産しても不思議ではない窮境にあったことに照らせば、本件粉飾決算と原告が本件工事を受注したこと及び原告が請負代金の支払を受けられず、右代金相当の損害を被ったこととの間には、相当因果関係があることが明らかである。

2  争点2について

(一) 右事実によれば、被告大倉は、本件粉飾決算に係る決算書類の作成に携わっていなかったことが認められるから、同被告については商法二六六条ノ三第一項の責任が問題となる。

(二)  被告大倉は、本件粉飾決算が行われていたことも知らなかったと弁解するが、平戸建設の規模(代表者を除き、従業員は一一名にすぎない)、被告大倉の在職年数(昭和二六年に入社し、昭和五二年に常務取締役に就任)とその地位及び第六九期の決算においては、被告大倉も、平成六年四月ころ、平戸健市から売上高の減少をカバーするため売上として計上可能なものを拾い出すよう指示を受けたことに照らし、にわかに信用し難い(少なくとも、第六九期の決算において売上の水増しがあったことは知っていたと推認される。)。

(三)  また、仮に、被告大倉の弁解どおりであったとすれば、同被告は、常務取締役という平戸健市に次ぐ地位にあったにもかかわらず、本件粉飾決算という会社にとって極めて重要な事実を把握せず、これをそのまま見逃したことになるから、取締役としての監視義務を怠ったことが明らかであり、任務懈怠の責めを負わなければならない。

3  争点3について

(一) 右事実によれば、被告清水は本件粉飾決算に係る決算書類を作成したことが認められるから、同被告については商法二六六条ノ三第二項ただし書の無過失の証明が問題となる。

(二)  右事実によれば、被告清水が右決算書類を作成するについて注意を怠らなかったとは到底認められない。

また、被告清水が本件粉飾決算に係る決算書類の作成に異議を述べることが困難であった事情はないから、これを阻止する期待可能性がなかったとの主張も採用できない。

なお、証拠(丙七、八の各二、被告清水本人)によれば、被告清水は、平成五、六年当時、平戸建設から労働の対価を部長の給与名目で支払を受け、役員報酬の名目では支払を受けていないことが認められるが、同被告が取締役総務部長として果たしていた役割に鑑みれば、右事実は、被告清水の取締役としての責任を阻却しない。

4  まとめ

以上のとおりであり、原告の請求は理由があるから認容する。

(裁判長裁判官高柳輝雄 裁判官片野悟好 裁判官山口和宏)

別紙約束手形目録<省略>

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